野口英世
千円札の顔にもなった細菌学者は、周囲から「借金の天才」とまで言われた人でした。上京のために借りた40円を放蕩でわずか2か月のうちに使い果たし、清国へ渡る支度金96円も出発前に使い切って、恩師・血脇守之助に工面してもらったと伝えられます。1900年の渡米直前には、用意した渡航費の大半を横浜の料亭での送別会で一夜にして使ってしまい、血脇が高利貸しから借りた金でようやく船に乗りました。

教科書の伝記が書かなかった、偉人たちの素顔。借金、恋、依存。欠けたところを抱えたまま歴史に名を残した人たちを、記録に残る事実から描きます。
華やかな名声の向こうにある人生。公開した3人の物語をnoteで読む。
小学校の図書室で読んだ伝記の主人公は、みな努力家で、親孝行で、正直な人ばかりでした。貧しさにも誘惑にも負けず、世のために尽くした聖人たち。子ども心に「偉い人とは、欠点のない人なのだ」と思い込んでいました。
ところが大人になって資料や研究書をひもといてみると、景色はまるで違って見えてきます。借金を重ねる人、女性関係に乱れた人、薬に溺れた人。偉人と呼ばれる人の多くは、どこか壊れていて、極端で、常識の枠からはみ出していました。偉人は、異人だったのです。
それでも彼らは、仕事では誰にも真似のできないものを残しました。その矛盾こそが人間らしく、面白い。美化も断罪もせず、記録に残る事実をもとに、偉人たちのもう一つの顔を書いています。
千円札の顔にもなった細菌学者は、周囲から「借金の天才」とまで言われた人でした。上京のために借りた40円を放蕩でわずか2か月のうちに使い果たし、清国へ渡る支度金96円も出発前に使い切って、恩師・血脇守之助に工面してもらったと伝えられます。1900年の渡米直前には、用意した渡航費の大半を横浜の料亭での送別会で一夜にして使ってしまい、血脇が高利貸しから借りた金でようやく船に乗りました。
『舞姫』の作者は、陸軍軍医総監にまで上りつめたエリートでもありました。1888年、ドイツ留学から帰国したわずか4日後、留学中に親しくなったドイツ人女性エリーゼ・ヴィーゲルトが彼を追って横浜に着きます。彼女は約1か月で日本を離れ、この出来事は『舞姫』の素材の一つになったとされています。翌年の結婚は2年足らずで破綻。1898年には新聞『万朝報』に、十数年に及ぶ妾・児玉せきとの関係を暴かれました。
『人間失格』の作者は、自らの人生を削るようにして書いた人でした。1935年、腹膜炎の手術で鎮痛剤パビナールの注射を受けたことをきっかけに依存に陥り、翌年には妻の着物を質に入れ、知人に借金を重ねるまでになります。1936年10月、周囲の手配で東京武蔵野病院に入院し、約1か月の治療を受けました。女性との心中未遂2回を含む4度の自殺未遂を経て、1948年、山崎富栄とともに玉川上水に入水し、38歳で亡くなりました。
※ 各エピソードは、伝記・研究書・大学の資料などで知られている事実をもとに要約しています。
オードリー・ヘップバーン、マリリン・モンロー、キューリー夫人の公開記事を追加しました。新しい物語も順次掲載します。